京都アニメーション放火事件
現地調査 写真レポート(文・写真/山村武彦)
 
卑劣な無差別放火殺人事件
 2019年7月19日午前10時35分、京都市消防局に近隣住民から119番通報があった。火災は京都市伏見区のアニメ制作会社「京都アニメーション第一スタジオ」。ただちに消防車及び救急車45台が出動。同日15時19分火災鎮圧。翌19日6時20分に鎮火。出火原因は放火。同日10時半ごろ男が玄関から侵入し、バケツに入ったガソリンのようなものを建物1階や従業員などにふりまき、ライターで着火したもの。
 火は一瞬にして爆発的に広がり建物は全焼、68名の死傷者を出した。当日従業員など74名がいたが、7月27日時点で35名が死亡、33名が重軽傷を負った。京都府警察本部は建造物等放火・殺人事件として捜査を開始。当日身柄を確保した全身火傷(意識不明)の男性被疑者(41歳)について、7月20日に逮捕状を取得。被疑者は大阪府内の病院へ移送されている。許しがたい卑劣な無差別殺人事件。
 消防用設備等や建築基準法などもガソリンなど大量の危険物を使用する放火事件は想定していない。しかし、火災予防と防犯という観点から見れば、火災原因の上位が常に「放火」または「放火の疑い」であるならば、セキュリティ強化だけでなく、ガソリン等危険物の取り扱いを含め防災関係機関は何らかの対応策を講じる必要がある。才能豊かな罪もない若者たちが多数犠牲になった。何かしないでは居られないほど心が痛む。犠牲者のご冥福と重軽傷者の一日も早いご回復をお祈り申し上げます。

火災前の京都アニメーション第一スタジオ/出典:同社HP
  RC(鉄筋コンクリート)造3階建て、延べ面積691.02㎡、建物高さ最高高9.985m、主用途:事務所。防火地域・準防火地域に指定されていない建築基準法22条指定区域。出入り口にセキュリティはなく、玄関のガラス扉は自動ドアで昼間は無施錠。ガラス扉の前にはシャッターがあるが業務時間内は開放されていた。昨年7月~11月ごろ脅迫電話などがあったため、第一スタジオの建物周囲に防犯カメラが4台設置されたという。

玄関/撮影:山村武彦

出典:共同通信

 3日後(2019年7月21日午前)/以下撮影:山村武彦

 玄関を入った右側のらせん階段/3階までに吹き抜け状態でつながっている

 きのこ雲のような煙が上がってきた
 出火後に2階から避難した男性社員が当時の状況を語った、「1階で誰かの言い争う声がした後に女性の悲鳴が聞こえ、突然「ドーン」という大きな爆発音がした」「まもなく、らせん階段から、きのこ雲のような煙が上がって来た」「その後、ベランダから1階に飛び降り、消防に救助された」「現場では『助けてください』と叫ぶ声がたくさん聞こえた。2階から飛び降りてけがをするか、死ぬかの選択だったが、飛び降りることができなかった社員もいた」という。 
階段付近でまかれたガソリンが気化し空気と混ざたところで着火されたことにより、爆発的燃焼(爆燃)が発生、らせん階段や階段などから一気に3階まで炎と煙が充満したものと推定されている。1階には玄関と社員通用口の2か所の出入り口があったので1階の犠牲者は2名のみであった。2階3階は避難経路となる2つの階段が猛煙と炎で使用できず逃げ場を失ったのではないか。屋上に避難した者はいないが、屋上へ出られるドアは施錠されていなかったという。逃げ場を失った人たちは屋上へ向かうも3階の階段付近で有毒ガスなどを吸い込むなど力尽きたのでは、痛ましい限りである。京都市消防局によると、それぞれが命を落とした場所は1階(事務所・音声収録室)で2人、2階、3階(制作スペース)で11人、20人。とくに3階では屋上へ向かう3階西側階段付近で多くの人の死亡が確認されたという(2人は病院で死亡)。
区画されていた部屋は無事
左図、1階右下の音声収録室と隣接のサーバー室は部屋が区画されていたためか室内は焼けなかった。サーバーが無事だったため、貴重なアニメーションのデータが生き残った。
竪穴区画不要の「ロ準耐火建築物」
 本来、耐火建築物は主要構造部も耐火構造で、3階以上であれば、エレベーターや階段などの竪穴を火や煙の延焼拡大経路にさせないため、竪穴区画として耐火性能のある壁や防火戸などで区切る防火区画が必要となる。らせん階段などがこうした竪穴区画・防火区画が行われていれば被害を軽減できたかもしれない。がしかし、建物は3階以上だったが、この建物は耐火建築物ではなく「ロ準耐火建築物」として完了検査済証が2007年10月に交付されている。「ロ準耐火建築物」だと竪穴区画不要となる建物(防煙垂れ壁は設置済み)。また、延べ面積等からスプリンクラー消火設備も設置義務のない建物。法令的には全く瑕疵のない防火対象物だったとみられている(京都市消防局)。
建築基準法 第2条第九の三
 準耐火建築物 耐火建築物以外の建物で、イ又はロのいずれかに該当し、外壁の開口部で延焼のおそれのある部分に前号ロに規定する防火設備を有するものをいう。
イ 主要構造部を準耐火構造としたもの
ロ イに掲げる建築物以外の建築物であって、イに掲げるものと同等の準耐火性能を有するものとして主要構造部の防火の措置その他の事項について政令で定める技術基準に適合するもの

主要構造部とは
 主要構造部を建築基準法第2条5号で「壁・柱・床・梁・屋根・階段」と定義。ただし、構造上重要でない最下階の床、間仕切り用の壁、間柱、つけ柱、局所的小階段は主要構造部から除外されている。
建築基準法 施工例 第109の3
(主要構造部を準耐火構造とした建築物と同等の耐火性のを有する建築物の技術的基準)
 法第2条第9号の3ロの政令で定める技術的基準は、次の各号のいずれかに掲げるものとする。
一 
外壁が耐火構造であり、かつ、屋根の構造が法第22条第1項に規定する構造であるほか、法第86条の4の場合を除き、屋根の延焼のおそれのある部分の構造が、当該部分に屋内において発生する通常の火災による火熱が加えられた場合に、加熱開始後20分間屋外に火炎を出す原因となる き裂その他の損傷を生じないものとして、国土交通大臣が定めた構造方法を用いるもの又は国土交通大臣の認定を受けたものであること。

二 主要構造部である柱及びはりが不燃材料で、その他の主要構造部が準不燃材料で造られ、外壁の延焼のおそれのある部分、屋根及び床が次に掲げる構造であること。
イ 外壁の延焼のおそれのある部分にあつては、防火構造としたもの
ロ 屋根にあつては、法第22条第1項に規定する構造としたもの
ハ 床にあつては、準不燃材料で造るほか、3階以上の階における床又はその直下の天井の構造を、これらに屋内において発生する通常の火災による火熱が加えられた場合に、加熱開始後30分間構造耐力上支障のある変形、溶融、き裂その他の損傷を生じず、かつ、当該加熱面以外の面(屋内に面するものに限る。)の温度が可燃物燃焼温度以上に上昇しないものとして、国土交通大臣が定めた構造方法を用いるもの又は国土交通大臣の認定を受けたものとしたもの




建物1階左下の青いシートがかけられた開口部が社員通用口(表面玄関から見て左側面)


1階の天井(溶けたものも)



裏側の1階左下2か所の窓から煙が噴き出した形跡はない(下図)
平面図ではトイレがあったとされる(トイレに隠れて助かった人もいる)

ほとんどの窓から激しく煙が噴き出した痕跡が見られるが右側の破線部分の窓にその痕跡はない
(下図右側)
右側の1階は音響収録室、2階は美術・背景室
区画された部屋が残った
 第一スタジオは仕切りが少ないオープンオフィスだった。広々とした自由な作業空間は仕切りがないためコミュニケーションしやすい近代的な職場。内装は全て木目の木材が貼られていた。効率のいい働きやすいオフィスだったが、結果として火災や煙が一気に充満することになった。ただ、上の写真の右側のように部屋として区画されていた音響収録室とサーバー室の窓からは煙が噴き出した形跡はなく、区画されていたことによって延焼を免れたものと推定されている。 オフィスの利便性と安全性を両立させることは難しいかもしれないが、今後の教訓として安全なオフィスづくりが必要となる。
1階音響収録室の窓には煙噴出の痕跡はない

窓の下に落ちていたスリッパ


京都アニメーション第一スタジオはJR六地蔵駅から徒歩約8分

京阪電鉄六地蔵駅からは徒歩約5分

駅からスタジオに通じる通りには花束を抱えた人たちが多数行き交う



取材する場合、メディアのマナーが問われている




怖かったでしょう、苦しかったでしょう 安らかにお眠りください ご冥福をお祈りします

他の災害現地調査写真レポート