|東日本大震災2016年熊本地震防災システム研究所現地調査写真レポート

令和8年(2026年)熊本地震
現地調査写真レポート:文・写真/山村武彦

写真及び文章等は許可なく転載、複写はご遠慮願います/防災システム研究所合同会社 
震度7の揺れに襲われた熊本県八代郡氷川町

令和8年(2026年)熊本地震(8月7日08:00現在気象庁)
◆発生日時/令和8年7月28日(火)16時27分
◆震源地/熊本県熊本地方
◆震源の深さ/16キロメートル(暫定値)
◆地震の規模/マグニチュードMj7.1(暫定値)
◆津波注意報/有明・八代海
 発表7月28日16:29・解除7月28日18:10
◆各地の震度/
・震度7/熊本県宇城市、氷川町
・震度6強/熊本県熊本市、八代市、宇土市、美里町、益城町、嘉島町、
・震度6弱/上天草市、合志市、大津町、西原村、御船町、芦北町
◆長周期地震動階級4/熊本県熊本
★この地震による主な被害(2026年8月7日08:00現在)
・死者/39人(イオンモール熊本7人、日本製紙八代工場9人を含む)
・重傷/22人
・軽傷等/128人
・住宅被害/1万4572棟(調査継続中)
犠牲者のご冥福と被災者の一日も早い生活再建をお祈り申し上げます

 この地震の10年前、2016年4月14日に日奈久断層帯の北端部(高野-白旗区間)でMj6.5の地震(前震)が発生、その28時間後の2016年4月16日に日奈久断層帯に隣接する布田川断層帯でMj7.3の地震(本震)が発生している。
 今回の地震について、国の地震調査員会は10年前の震源であった日奈久断層帯の一部に沿って地震活動が分布していると指摘。前回の地震で割れ残った日奈久断層部分が今回動いたものと推定している。
 まだ、日奈久断層南部には割れ残り断層があるので、将来的にそれらの地域で大きな地震が起きる可能性は十分あり得るとしている。
 国の地震調査研究推進本部の2026年1月時点での長期評価でも、今回の地震の震源付近の日奈久断層帯(日奈久区間)では、今後30年以内にM7.5程度の地震が発生する可能性について、最大で6%であり最高ランクの「Sランク」と評価していた。
 まだ動いていない日奈久断層八代海方面の断層帯が動けばM7クラスの大地震になる可能性があり今後も事前準備と警戒が必要である。

私は救助活動終了の発表を確認後、発災5日目に現地に入った
テレビ熊本のキャスターと


イオンモール熊本の裏側から撮影
爆発の凄まじさ

 熊本県上益城郡嘉島町にあるイオンモール熊本(2階建て、延べ床面積約10万4000平方メートル)はスーパーマーケット、飲食店、衣料品店、映画館など約160のテナントが入居している。2026年7月28日(火)午後4時27分、令和8年熊本地震が発生。嘉島町は震度6強の大揺れに見舞われた。その時、館内には約3,000人の来店客と1,300〜1,500人の従業員がいたと推定される。
 地震の揺れが収まった後、従業員たちは来店客を店外に避難誘導し、地震発生から約30分間で約4,500人の避難を完了したという。これだけの人数を30分で避難完了させたことは奇跡的ともいえる。日頃の防災訓練が功を奏したものと思われる。
 しかし、避難完了後は消防や警察等による施設の安全が確認できるまでは立入禁止とされていたにもかかわらず、従業員や来店客が忘れ物を取りに行ったり、現金を金庫に移したりするために店内に戻っていた。そして、地震発生から約1時間20分後にLPガスによるものと見られる大爆発が発生し死者7名(うち従業員3名)、負傷者26名という大惨事となってしまった。一部従業員などの証言では避難する途中、ガスの臭いがしたという。もし、こうしたガス漏れ情報が共有されていれば、厳重な立入禁止措置が講じられたものと思われる。
 大規模地震後の一般的な行動マニュアルは、大地震に遭遇した場合、直ちにガラスから離れ転倒落下物が少なく、より広いスペース「地震安全ゾーン」に移動し、姿勢を低くして身の安全を図ること。そして、揺れが収まったらより安全は外部などに避難誘導すると定められている。
 さらに後発地震など、連続して地震が発生するおそれがあるので、大きな余震でも施設・設備が損壊しないか、火災やガス漏れなどの二次災害の恐れはないかなど、施設等の安全を確認するまでは屋内には立ち入らないことになっている。しかし、一般的な防災訓練は、外部への避難誘導までは毎回きちんと実施しても、その後の厳密な安全確認訓練などは行われないケースが多く、管理職でも避難誘導後の具体的な安全確認方法やそれにどれほどの時間を要するかも認知していない場合が多い。
 今回のイオンモール熊本のガス爆発事故は、今後ガスシステムの耐震性の強化、技術基準の安全性向上などの改善・再検討が急務であること。また、商業施設に限らず、すべての事業所における大規模地震後の実践的な行動マニュアルの見直しが求められ、防災危機管理マニュアルやBCP全般のバックチェック・バックフィットを早急に実施し精査し見直さなければならないという貴重な教訓が突きつけられている。

イオンモール宇城
 地震から3日目の7月31日、宇城市にあるイオンモール宇城から、男性1名が壁の下敷きになっていると消防に通報があり、意識のない状態で救助された。男性は心肺停止の状態で病院に搬送されたが、その後死亡が確認された。イオンによれば、地震発生後、従業員は来店客を屋外に誘導した後、館内に残っている人がいないかを目視で確認していた。31日に改めて店内の安全確認をしている時男性を発見、1階ソファーであおむけで倒れていたという。

地表断層が延びた先の建物損壊(氷川町)
断層近くの家(氷川町)

断層上の傾いた家(震度7の宇城市)
10年前の熊本地震の最大加速度は熊本県大津町で観測された1791galだったが
2026年7月29日に地震調査研究推進本部地震調査委員会が発表した「令和8年熊本地震の評価」によれば
「M7.1の地震に伴い、熊本県のKiK-net三角(みすみ)観測点及び熊本県宇城市豊野町(とよのまち)
の自治体観測点でそれぞれ1667gal及び2438gal(共に三成分合成)など大きな加速度を観測した」という。
また、八代市の千丁(せんちょう)観測点が北東方向に約87センチメートル移動
断層に近いところほど激しい揺れであったと推測され、被害も甚大である

道路を断層が横切っている
断層がずれ動き、地中埋設配管が損壊/広範な断水被害となった

断層の延長線上の高速道路(南九州道八代ジャンクション)が損壊
南九州道の橋脚を破壊した延長線に断層と思われる深い亀裂

八代市立龍峯小学校のグランドに地表断層、その延長先の校舎を破壊
1〜2階まで亀裂が入った龍峯小学校の校舎
断層周辺は激しい揺れに見舞われたが、幸い夏休み中のため児童生徒に被害は無し

日本製紙八代工場
関東大震災の翌年1924年に操業を開始、新聞用紙、印刷出版用紙、外販用パルプ等を製造
この地震で震度6強の揺れが観測された八代市にある日本製紙八代工場では
3本の煙突が損壊し、うち中央部から折れた80メートルの煙突が施設を押しつぶし
11人が巻き込まれて9人が犠牲になった。
「長周期地震動」で煙突の揺れが大きくなった可能性が考えられる


崩れた八代城の石垣

八代市「松浜軒(しょうひんけん)」
肥後熊本藩家老の邸宅を含む庭園で国の名勝に指定されている
今回の地震で貴重な建物が倒壊・損傷
 八代城の北西に位置する松浜軒(しょうひんけん)は1688年(元禄元年)、八代城主松井直之が母 崇芳院尼(すうほういんに)のために建立した茶庭です。当時は八代海、宇土半島、雲仙まで見通す眺望豊かな美しい庭園。5月下旬に肥後花菖蒲が咲き誇るころ開かれる茶会は、まちの風物詩となっています。昭和天皇陛下も来熊の折には何度か休憩・宿泊されています。
 松浜軒を作った松井家は、元来室町幕府の将軍足利家に仕えていた家柄で、山城国(現在の京都府)の出身。戦国時代、同じく足利家に仕えた細川家と行動をともにしていた松井康之が、細川藤孝(幽斎)の養女を妻として以来、細川家第一の重臣として活躍し、細川家が丹後国12万石、豊前小倉藩39万9千石、肥後熊本藩54万石の大大名へと成長するのに大きな役割を果たしました。松井家には、戦国時代から江戸時代にかけての膨大な古文書や美術工芸品が伝えられており、1984年に設立された「財団法人松井文庫」によって保存公開されていた。十八代目となる松井家当主とお話させていただきましたが、地震の時は「ゴーという地鳴りがする」とおっしゃってました。断層に近い故か極めて激しい揺れに襲われたものと思われます。貴重な文化財として迅速に復興されることを切にお祈り申し上げます。 

墓石も損壊

地震発生6日目に高市早苗首相が視察した避難所(氷川中学校)は断水

高市首相は予定にはなかったが「救援物資を見せてほしい」と保管場所に入り
オムツや生理用品は足りてますかと職員に質問したそうです


宇城市役所の張り紙

東京都品川区からきたトイレカー/下は内部

石川県輪島市からトイレカー(能登半島地震で支援してもらった恩返し) 




10年前の地震の教訓を生かし、熊本県は早い段階で自治体職員の派遣を要請受け入れた
高知県から派遣された職員は、避難所運営支援を行っている
熊本市内に宿を取り、早朝に出発し24時間交代で職務に就いているという



今回の地震で不幸中の幸いは大都市熊本市が被害軽微だったこと
そのため、自治体・企業・個人などの被災地支援が迅速に行われたこと
また、10年前の熊本地震の教訓が活かされたこと
それにより物資のプッシュ支援受入や自治体職員支援受け入れは迅速だった
上記は益城町にある県の物資集積場「グランメッセ熊本」
早い段階で国からの物資が配送された
停電解消後はガソリンスタンドはすぐに営業を再開
県は国からの物資を被災市町の要請を待たず、市町の物資集積場に転送した
しかし、市町の避難所におけるニーズ集約や物資配送の車両と人が不足していて
避難所によっては一部物資の枯渇を招いた
ここは前回と同じで防災の死角となっている
毎日フェーズが目まぐるしく変わり、ニーズとシーズのマッチングはリアルタイムでの対応が必要
人手不足が報道されると一気にボランティアシーズが増える
昨日のニーズは既に過去の陳腐な情報
明日・一週間後のニーズを先取りした支援が必要である

災害ごみ仮置き場に向かう道路が大渋滞

震度7の揺れが観測された宇城市の道の駅「アグリパーク豊野(とよの)」
ここは地元で採れた新鮮な野菜、ブドウ、梨、太秋柿、干し柿などの果物の生産者直売所
今回の地震で被災し、休業を余儀なくされている
ここしか出荷先がないので、と農家の人が途方に暮れていた
宇城市は県内随一のブドウの生産地
一部農家は休業しているアグリパークの店先でシャインマスカットなどを販売していた

 犠牲者のご冥福と、被災者の一日も早い生活再建をお祈りします
一緒にがんばろう、熊本!

写真及び文章等は許可なく転載、複写はご遠慮願います/防災システム研究所合同会社