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令和元年(2019)台風19号(上陸から1週間)現地調査写真レポート
速報ベース・写真・文/山村武彦
犠牲者のご冥福と被災者の一日も早い生活再建をお祈り申し上げます

現在の千曲川/水位が下がると、河川敷の雑木などで対岸の堤防が見えない

千曲川決壊箇所(7日目に仮復旧完了・堤外)

千曲川決壊箇所(仮復旧・堤内)

盛り土堤防の中身と思われる土砂の塊

決壊地域/長野市穂保地区
(決壊箇所から直角直線状に約200メートル以上にわたり基礎だけ残し家屋流失、水流のすさまじさを物語る)
家が流失し基礎だけになった自宅があった場所で説明するSさん(79歳)
13日(日)は守田神社の祭礼のため、娘夫婦と孫が来ていた
もし、夫婦だけだったら2階にとどまり避難しなかったかもしれなかったという
決壊の危険性のある河川流域にある家は、二階への避難より明るいうちの念のため避難が大切



水たまりの小さな魚・・・堤防が閉め切られ川へ戻る道はない


決壊箇所から約100~120メートルに位置する長沼支所(穂保地区)

長沼支所は指定避難所(地震時)/今回、ここに避難した人はいない
右奥に見えるのが決壊箇所(ブルーシートのところ)

長沼支所の内部

決壊箇所から約80メートルに位置する長沼体育館
体育館の内部

長沼消防団詰所











一番遅く出荷される「フジ」などのリンゴが収穫期を迎えていた
落下したものや水をかぶったリンゴは細菌付着の危険性がありジュースにも使えず廃棄される

高価な農機具被災

リンゴ農家の大きな家が損壊




エアコンの室外機が浸水、流失




防災行政無線(風雨が激しく聞こえなかったという人もいた)

決壊前、消防団分団長の指示で半鐘が激しく打ち鳴らされた
あの半鐘で只事ではないと思って、すぐ逃げて助かったという人も多い

水が引いた後、まるで生コンのような泥、泥、泥


現場では泥と泥水との闘いが続いている
乾くとカチカチに固まり、水を含むと重たい(スコップ一杯で10㎏の重さになる)



浸水したコンビニの前では移動販売車が活躍



善光寺平洪水水位/赤沼
(一番上は1742年8月1日の水害/戌年の水害だったので「戌の満水」とも呼ばれる)
その時は約10メートルもの浸水深さがあったという。多くの人が犠牲になり
今でもお盆とは別に8月1日に墓参りする人もいるという


新幹線車両基地横の雨水調整池



ここからは宮城県丸森町の現地調査 

宮城県丸森町/耕野地区
夫婦、長男、祖母の4人、裏山から小石が落ちてきたので危険と判断し
全員玄関から避難しようとしたとき、祖母が自室へ持病の薬を取りに行った
その時、下図のような土砂が玄関まで押し寄せ、祖母は3日目に発見されたが死亡が確認された





丸森町立耕野(こうや)小学校

第三セクターの阿武隈急行・あぶくま駅周辺の路盤が流され線路が宙づり状態
沿線で土砂崩れや線路損壊のため復旧のめどが立たず、会社は存亡の危機にある

阿武隈川への排水作業が完了し街中の浸水は終わったが

浸水して一時孤立状態となった丸森町役場
1986年に建築された庁舎周辺は元々は田んぼの湿地帯で地盤が弱く
この30年間に約1メートルも地盤沈下。庁舎入り口に昔は階段はなかった
杭が打ってあった建物は沈下していないが周囲が沈下し続けている
今回の大雨で周囲は深さ1メートル以上の泥水があふれ1階床まで浸水、一時孤立状態となった

阿武隈川の支流 新川
決壊はしていないが欠損箇所は各所にあるが応急工事がなされておらず
今後、少しの雨でも増水すれば決壊の恐れがある

玄関の隙間から濁流が侵入、その後右側のガラスが割れたとたんどっと押し寄せてきた
床上浸水で、室内も浴室も泥だらけになった


エアコンの室外機も流されてしまった

多くのボランティアが駆けつけ泥出しに汗を流す




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