| 「広島土砂災害」(平成26年8月豪雨)現地調査写真レポート 写真・文責/山村武彦 |
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| 犠牲者のご冥福と被災者の一日も早い生活再建をお祈り申し上げます | |
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| 太田川(中央)と阿武山(標高586m) 2014年8月20日未明、阿武山東斜面約50箇所で同時多発的土石流発生 当日、上空からヘリコプターで災害全体像を把握後、地上調査を行った (掲出した画像は全て災害発生当日に筆者が撮影したもの) |
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| 国道52号線(写真左隅)の右側がJR可部線 可部線の右側が大きな被害を出した八木地区(赤茶けた土砂にまみれている) |
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| 阿武山(586m)頂上付近や中腹から幾筋もの土石流の深い爪痕が見える(八木地区) 一極集中による都市型土砂災害 広島市は原爆投下後一時的に人口が約20パーセント減少した しかし、戦後は重工業や自動車産業を中心にめざましい復興を遂げ 西日本の主要工業都市となり、1985年3月に人口100万人を突破 2014年7月1日現在、広島市の人口は1,185,097人 広島市が人口増加を続ける中、広島県及び県内市町村の人口は減り続け 全国各地で起きている大都市の一極集中化が際立っている とくに通勤圏内の阿佐南区、阿佐北区、佐伯区などの人口増加が顕著である 一方で広島市は土砂災害危険箇所を合計6,040か所指定している 内訳は安佐北区2,085か所、佐伯区1,019か所、安佐南区985か所などとなっている 上空から俯瞰してみると、15年前の災害時に訪れた時よりも山に向かって這い登るように 急斜面に住宅が建築され、密集住宅街が形成されていた 今回の災害は一極集中による都市型土砂災害と言えるかもしれない 繰り返されてきた土石流を物語る伝説 1999年6月29日の広島豪雨災害後に私は阿武山に登った。そのとき沢には巨岩が数多くあった記憶がある 頂上から少し下ったところに貴船神社があった。この神社は竜王社ともいい、祭神はタカオ神という水の神 由緒書きには、「天文の頃(1532年〜1554年)八木城で武勇に優れた香川勝雄という武士が 阿武山に籠り、里人を悩ませていた大蛇を退治し、大蛇の首を社に、胴と尾は梅林に埋めた」と書かれていた 2014年7月に土石流が発生した長野県南木曽町でも、土石流の事を「蛇抜け」と呼んでいた 古来、日本では一瞬にして身体生命と財産を奪う土石流を竜や大蛇になぞらえ恐れてきた 阿武山中に祀られた貴船神社の水神に、大雨からの災害防止を祈り わらにもすがる思いで、土石流(大蛇)を武士(為政者)が退治してくれることを願い 二度と土石流が起こらない事を願ってつくられた切なく哀しい庶民の伝説であろう この地が昔から繰り返し土石流に襲われてきたことを物語り、災害を忘れないようにとの戒めでもある ちなみに八木城は今回の土石流で一番被害の多かった八木地区の上にあったといわれる 平成の世に至ってなお、人々を苦しめ続ける土石流(大蛇) 今こそ英知の結集と為政者の抜本的対策が望まれている |
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| 3時間雨量217.5�弌�1時間雨量130�个箸いΦ�録的な集中豪雨が阿武山東面を襲い、各所で斜面崩壊が発生 大量の水、土砂、流木、岩石を伴う土石流が山麓の住宅街を直撃 |
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| 最も多くの犠牲者を出した安佐南区八木地区(手前左右の建物は県営住宅) | |
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| ↑ここまで上空からの画像 | |
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| ↑この分からは地上撮影の画像 国土交通省は9月4日、広島市の土砂災害は安佐北区と安佐南区で 計166件起きていたと明らかにした。土石流が107件、がけ崩れが59件という。 広島市は安佐南区の八木、緑井地区、安佐北区の可部東、三入南地区の計4地区で 流れ込んだ土砂総量が推計約50万立方メートルに上ると発表している |
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| 土砂で埋まったJR可部線(現在不通) | |
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| ★重なった発災要因 1、地形 斜度30度を超える急傾斜地。 2、地質・地盤 主に花崗岩が風化してできた「まさ土」で、一定の保水性、透水性はあるものの、もろく崩れやすい地質。花崗岩は通称「みかげ石」と呼ばれ、粒子の大きさが数mm程度の石英、長石、雲母などの鉱物からなる岩石。花崗岩はそれぞれ熱膨張率の異なる鉱物質で構成されているため、気温変化により節理と呼ばれる縦や横の亀裂が発達しその亀裂に沿って水や空気が侵入すると風化が始まり長石、雲母などが粘土鉱物へと変化し「まさ土」化する。墓石にするみかげ石は、亀裂間隔が1m以上で「コアストーン」と呼ばれる未風化礫地形から掘り出されたもので、極めて風化に強く硬質のもので、まさ土とは対照的。 風化したまさ土は掘削しやすい反面、災害の危険性が高く、斜面が一定の降水量を超えると表層土と下部の花崗岩との間に雨水が侵入し、表層土を浮き上がらせ斜面崩壊を起こすなど、がけ崩れや土石流を発生させる。また、災害現場はまさ土だけでなく、変成岩や堆積岩などの岩石流失も確認されており、比較的固い地盤の一部も流下したものと考えられている。 3、大雨 時間雨量130mm、午前4時30分までの3時間で217.5mmという、この地域で8月に降る降水量の1.5倍の雨がたった3時間で降るという記録的な大雨。 4、住宅立地 過去土石流が繰り返されてきた沢や谷筋の出口を含め、急峻な山麓斜面に密集住宅。 5、魔の発災時間帯 1999年6月に発生した広島豪雨災害で、呉市、広島市などで325ヶ所の土砂災害が発生した。それにより、住宅の全半壊及び床上床下浸水合計4,216棟という大きな被害を出した。しかし、そのときの土砂災害発生時刻は概ね平日の午後2時〜5時の間であった。在宅者が少なく、また昼間だったため避難しやすかったといわれる。そのため多数の住宅損壊を招きながらも死者31名行方不明者1名であった。 今回は安佐南区・八木9か所、緑井1か所、山本1か所、安佐北区可部町16か所。可部東で4か所など約50カ所で土砂災害が発生している。情報が入りにくく、避難しにくい、就寝中という魔の発災時間帯(深夜・未明)と相まって、避難したくてもできないほど短時間の集中豪雨・土石流で多数の犠牲者と多くの建物損壊を出すことになった。(死者行方不明者72名)犠牲者のご冥福と被災者の一日も早い復興をお祈り申し上げます。 |
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| ★守る・逃げる防災 そして、プラス「安全な場所にする(住む)防災」 過去にない大雨、記録的大雨が頻発する昨今、従来の守る・逃げる防災だけでなく、「安全な場所にする(住む)防災」をプラスしなければならないと思考する。適切に避難勧告などの避難情報が発表されるとは限らない、また、避難勧告が出されても避難できる状態ではないかもしれない。そして、南木曽町の土石流のように、砂防堰堤だけでは守れない命もある。安全な場所にする(住む)防災が大切。 東日本大災害での津波被災地は津波危険区域として建築制限の規制、集団移転などが推進されている。多くの犠牲者を出しての災害後ではなく、災害前にこそ官民挙げて安全な場所にする(住む)防災の推進を図る必要がある。 |
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| ★被災地の多くが「警戒区域」「特別警戒区域」未指定 1999年6月29日に発生した「6.29広島豪雨災害」の教訓を活かすために「行政は知らせる努力、住民は知る努力で人的被害軽減を目指す」をキャッチフレーズとして2001年に「土砂災害防止法」が施行された。しかし、今回被害が多かった地域のうち警戒区域に指定されていたのは阿佐北区の一部だけであった。同時多発的土石流が発生した八木地区などは土砂災害防止法に基づく「警戒区域」「特別警戒区域」の指定がなされていなかった。広島県によると、土石流やがけ崩れ、地すべりの被害のおそれのある「土砂災害危険箇所」が県内に31,987箇所、そのうち土砂災害防止法に基づく警戒区域に指定されているのは40%弱の11,854箇所にとどまっている。 警戒区域の指定には ・対象地域の基礎調査 ・住民説明会 ・市町村との調整 という主に3段階を踏む。広島県土木局出来谷規人砂防課長は「大きな被害を受けた八木地区、緑井地区は2012年から2013年にかけて基礎調査を完了していた。これから住民説明会を開催する矢先に災害が発生してしまった」と語る。 基礎調査後に住民説明会を行うと住民からは指定によって地価下落への懸念などがあり、住民の理解を得るまで説明会を重ねる必要がある。広島県内では基礎調査から指定まで早くて1年、通常は2〜3年かかっているという。他の自治体職員からも、こうした地道な作業を積み重ね住民とのコンセンサスを得るための人員不足、予算不足もあって警戒区域指定が進まないという話も聞いた。 危険度を住民に知らせ、警戒と早期避難を可能とする警戒区域指定は迅速に推進しなければならない。国民の命を守るため国として都道府県等に対し人的支援・財政支援を迅速に行い積極的に後押ししてほしい。真の国土強靭化の具現化を期待したい。 |
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| 2014年8月の集中豪雨による土砂災害の発生個所 赤いプロット土石流、青いプロットががけ崩れの発生個所、ピンク色の部分が指定済みの警戒区域 (資料:広島県の資料を元にして日経アーキテクチュアで作成) |
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| ★避難勧告 広島市は1999年6月の広島豪雨を教訓に土壌に吸収された水分量を算出した「実効雨量」を市内52か所で観測し、地形や特性に応じ、地域ごとに避難基準となる雨量を算出していた。しかし、災害が発生した20日未明には避難勧告を出す2時間以上前から、勧告の指標となる「避難基準雨量」に達していたが、避難に生かすことができなかった。松井一実広島市長は22日、速やかに 勧告が出せるように手順を見直す考えを示している。 今回、住人などの話を聞くと「水圧でドアが開かなかった」「道に物凄い勢いの泥水が流れていて避難できなかった」「雷の音と大雨の音で、仮に防災無線で放送されても全く聞こえなかった」という。下の時系列で見て、1時15分の土砂災害警戒情報直後に広島市が避難勧告を出したとしても、避難できる状態でなかったかもしれない。 河川などによる洪水警報は、氾濫水位や一定水位を避難勧告判断水位とすることは容易だが、土砂災害については危険個所における降り続き状況、降水見通し、土壌雨量指数などを勘案する事が必要となる。それぞれの地域に合った避難勧告判断基準をさらに精査しなければならない。 一方で、これまで適切に避難勧告が発令された場合でも、住民の避難率がきわめて低いことに危機感を募らせる自治体も多い。「空振りを恐れず早めの避難勧告を」という掛け声だけでなく、住民ひとり一人の防災意識を高める仕組みづくりも大切である。 ★安否確認 発災直後に正確な人的被害数把握は困難である。また、ごく限られた地域の災害にもかかわらず発災後5日を過ぎて行方不明者数が判然としないのは、危険な現場状況下での各戸確認と捜索活動の苦戦を示している。また、もう一方で一週間経て「行方不明のおそれのある人」が38名にも上ることに対し、早く不明者情報を一般公開すべきの意見もあった。広島市は25日午前、行方不明者の氏名、読み仮名、住所、年齢、性別を公表した。住民票で居住していることになっていても実際に住んでいるかどうか分からず、情報提供を求めることになった。 当初、消防と警察のデータ数が異なっていて、3日目にして行方不明者数が急に拡大したことなども教訓に、発災時における安否確認や行方不明者の公開のあり方等、検証及び情報一元化などを検討すべきではなかろうか。 ★主な時系列事項 ★8月19日 ・21時26分:広島地方気象台・大雨洪水警報発表 ★8月20日 ・1時15分:広島地方気象台・土砂災害警戒情報発表 ・1時15分:広島県・対策本部設置 ・2時ごろ:広島市消防局へ119番で「泥水が入ってきた」「土砂で家が倒壊」「祖父らが行方不明」などの通報が相次ぎ、件数は200件を超える ・3時30分:広島市・災害対策本部設置 ・3時49分:広島地方気象台・時間雨量120mm以上の猛烈な雨が降ったとして「記録的短時間大雨情報」発表 ・4時15分:広島市・阿佐北区に避難勧告発令 ・4時20分:政府・首相官邸危機管理センターに情報管理室設置 ・4時30分:警察庁・災害情報連絡室設置 ・6時30分:防衛省・広島県知事湯崎知事の要請を受け、自衛隊災害派遣を決定 ・6時40分:警察庁・鳥取、島根、岡山、山口各県に、同日8時20分に大阪、兵庫の計6府県警に広域緊急援助隊派遣要請 ・9時30分:安倍首相・危機管理に万全を期す考えを示し、官邸に向かい災害対応 ・12時30分:消防庁・広島県知事の要請を受け、大阪、鳥取、岡山、高知の計4府県の消防より緊急消防援助隊の派遣決定 ・12時30分:国交省中国地方整備局・古谷防災担当相の要請を受け、災害対策現地情報連絡員と緊急災害対策派遣隊の派遣を決定 |
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| ★先進事例/熊本県が推進する「予防的避難」 ・経緯: 平成成24年7月の熊本広域大水害(九州北部豪雨)において、未明から記録的な豪雨と落雷を経験。住民が避難行動を執ることは現実的に困難であり、避難の際の被災が懸念される状況であった。また市町村としても避難勧告等の発令がためらわれる状況にあった。その課題を解決する対策として、夕方、明るいうちからの予防的避難に向けた取組みを推進することにした。考え方としては、空振りを恐れず、危険が切迫する前に早期に避難を実施することを進める。 ・目的: 住民の「いのち」を守ることを最優先するという考えのもと、危険の差し迫っていない昼間(日没前の明るいうち)に住民の予防的避難を促し、被害を未然に防止する。(住民の生命を守る)、避難行動による住民の防災意識(「自助」・「共助」)の啓発 ・事業内容 大雨等が予想される際、日没前の危険が差し迫っていない段階で住民の避難を促し、避難所等に住民を避難させる取組み(予防的避難)に対し、事業費の1/2を実施市町村に対し助成<実施基準>・ 熊本地方気象台の予報を根拠に、大雨が予想されるとき。 ・予防的避難の目安 ア)1時間雨量80ミリ以上 イ)1時間雨量70ミリ以上かつ24時間雨量250ミリ以上 ・ 台風が接近し、本県への影響が懸念されるとき ・ その他市町村長が必要と判断したとき |
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| ★土砂災害に備える三つのポイント (1)住んでいる場所が「土砂災害危険箇所」かどうか確認 土砂災害発生のおそれのある地区は「土砂災害危険箇所」とされているので、普段から自分の家が土砂災害危険箇所にあるかどうか、国土交通省砂防部のホームページなどで確認する。ただし、土砂災害危険箇所でなくても、付近に「がけ地」や「小さな沢」などがあれば注意が必要。 (2)雨が降り出したら、土砂災害警戒情報に注意 雨が降り出したら、「土砂災害警戒情報」に注意。土砂災害警戒情報は、大雨による土砂災害発生の危険度が高まったときに、市町村長が避難勧告などを発令する際の判断や住民の自主避難の参考となるよう、都道府県と気象庁が共同で発表する防災情報。気象庁ホームページや各都道府県の砂防課などのホームページで確認できるほか、テレビやラジオの気象情報でも発表される。大雨による電波障害や停電などいざというときのために携帯ラジオを持っておくとよい。都道府県や市町村によっては、携帯電話などに自動的に土砂災害警戒情報を教えてくれるサービスもある。 (3)土砂災害警戒情報が発表されたら早めに「立ち退き避難」 住んでいる地域に土砂災害警戒情報が発表されたら、早めに近くの避難場所など、安全な場所に避難する。できるだけ、明るいうちに念のため避難が大切。また、強い雨や長雨のときなどは、市町村の防災行政無線や広報車による呼びかけにも注意。お年寄りや障害のある人など避難に時間がかかる人は、移動時間を考えて早めに避難させることが大事です。また、土砂災害の多くは木造の1階で被災している。どうしても避難場所への避難が困難なときは、次善の策として、近くの頑丈な建物の2階以上に緊急避難するか、それも難しい場合は家の中でより安全な場所(がけから離れた部屋や2階など)に避難する「屋内安全確保」の避難行動をとる。 |
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| ★土砂災害の予兆現象 1、がけ崩れ(急傾斜地崩壊) 崖崩れとは、斜面の地表に近い部分が雨水の浸透や地震等でゆるみ、突然、崩れ落ちる現象。崩れ落ちるまでの時間が極めて短いため、人家の近くでは逃げ遅れが発生し、人命を失うことが多い。 ★主な予兆の目安(必ず予兆があるとは限らない) ・がけにひび割れができる ・小石がバラバラと落ちてくる ・がけから水がわき出る ・湧水が止る・濁る ・地鳴りがする ・小さな崩落が起きる 2、地すべり 斜面の一部あるいは全部が地下水の影響と重力によって、ゆっくりと斜面下方に移動する現象。土塊の移動量が大きいため甚大な被害が発生する。 ★主な予兆の目安(必ず予兆があるとは限らない) ・地面にひび割れ・陥没 ・がけや斜面から水が噴き出す ・井戸や沢の水が濁る ・地鳴り・山鳴りがする ・樹木が傾く ・亀裂や段差が発生 3、土石流 山腹や川底の石、土砂が長雨や集中豪雨などによって、大量の水と共に一気に下流へと押し流される現象。時速20〜40�劼梁�度で一瞬のうちに人家や畑などを壊滅させる。 ★主な予兆の目安(必ず予兆があるとは限らない) ・山鳴りがする ・急に川の水が濁り、流木が混ざり始める ・腐った土の匂いがする ・降雨が続くのに川の水位が下がる ・立木が裂ける音や石がぶつかり合う音が聞こえる |
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| ★土石流が発生する大雨や集中豪雨では洪水、落雷・竜巻にも備える必要がある:水害に備える | |
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| ★昔から土石流を「蛇」や「竜」になぞらえ、災害を忘れないように伝説・民話などを通じ伝承されてきた 土石流は土砂災害のひとつで、土砂が水(雨水や地下水)と混合して、河川、渓流などを流下する現象のことで山津波ともいう。法令上は「土石流」とは「山腹が崩壊して生じた土石等又は渓流の土石等が水と一体となって流下する自然現象」と定義されている。(土砂災害警戒区域等における土砂災害防止対策の推進に関する法律第2条)。土石流を「山津波」「鉄砲水」と呼ぶこともある。 昔から土石流常襲地域では土石流の事をその姿からか信州・南木曽地方で「蛇抜け」、九州筑後地方では「竜(たつ)抜け」と呼ぶ。また、四国・中国地方では「ツエ」と呼ぶのは、山や堤等が崩れるという意味の「潰える(つえる・ついえる)」から来たものといわれている。さらに「蛇」とつく地名は崩壊地名に多く使われ、土砂災害などの痕跡を示す地名であることも多い。蛇くずれ、蛇抜け橋、蛇走り、竜ヶ水などの名前が残っている。こうした郷土史、古地図などを調べ、自分の住む場所の地歴(土地の履歴書)で危険度を知り、悲観的に準備し楽観的に行動することが大切。 |
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| ★「蛇走り山」(岩手県大船渡市末崎町) 末崎町作沢部落の奥に蛇走りというはだか山がある。ある年の秋、大暴風雨が七日七晩続き、山津波が起きた。鶏が一斉に鳴き、大きな竹林が動き始めたが、ものすごい大蛇が竹林の土塊を背負って走り出すのが見えた。間もなく竹林は止まり、大蛇のみが島崎方面へ走り去ったという。 これを見た人が弓矢を手に葦毛の馬に跨って追ったが追いつかなかった。大蛇は小友の「みんぜん浜」から海に入ったという。これより小友の岬を「蛇が崎」と呼ぶようになった。また、作沢では葦毛の馬と鶏を飼うことがなくなった。 こうして作沢のはだか山を「蛇走り山」と呼ぶようになったが、この山は今でも、大蛇の走り出した大きな穴が残っているという。(大船渡市史 第四巻 民族編より抜粋) |
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| ★「駒ヶ岳の蛇ぬけ」(長野県木曽郡上松町) 昔、駒ヶ岳に雌雄の大蛇が住んでいた。大蛇が竜となって昇天するには、海に千年、山に千年の修行をする。駒ヶ岳の大蛇は、その修行を終え、いよいよ竜になって昇天しようとしていた。 そして、駒ヶ岳の一角を「じゃぬけ」させて、滑川を下り、さらに木曽川を下り、勢いをつけて天にかけ上り、竜になったという。(上松町誌 第二巻 民族編より抜粋) |
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| ★蛇抜けの碑(長野県木曽郡南木曽町 桃介橋西側) 1953年7月20日当時の西筑摩郡読書村伊勢小屋沢で起きた蛇抜け(土石流)により被災した3名の犠牲者をしのび、土砂災害を忘れないために建てられた。碑文には次のようなことばが刻まれ、後世への戒めとしている。 ・白い雨が降ると抜ける ・尾の先、谷の出口、宮の前 ・雨に風が加わると危ない ・長雨後、谷の水が急に止まったら抜ける ・蛇ぬけの水は黒い ・蛇ぬけの前にはきな臭い匂いがする |
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