過去の震災の教訓/防災システム研究所

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過去発生した災害の教訓

なぜ地震がおきるかを知ることも大切ですが、今、自分が何をなすべきかを市民一人一人が熟知することがもっとも大切です。今までは地震だ火を消せ!、地震のときは机の下に身を隠せ!これらは一つ一つは正しいのですが、それが全てではありません。古い建物に住んでいたら直ちに脱出すべきですし、身の安全を確認してから火を消しても十分間に合います。阪神大震災の教訓をぜひ生かしてください。そして、市民への啓発活動にもっと力を入れるべきだと思います。防災アドバイザー/山村武彦
消防自動車は来たくてもこれないのが大災害
 大地震が襲来した後、万一火災が発生したら?自分の家から火が出たら?普通なら火事をみつけたらすぐ119番へ通報!たいていの地域なら数分以内に消防自動車が駆けつけて消火にあたってくれますが、大地震の時はそうはいきません。まず電話が通じないから消防署に通報することができません。うまくいって通報できたとしても、道路が壊れていたり、橋が落ちたりビルが倒れていたりで、現場へ到着する可能性は非常に低いのです。知らせるとしたら、バケツをたたくか、大声を出して近所の人の応援をもとめるしかありません。阪神大震災の教訓
教訓(火を出さない工夫と、火が出たら小さいうちに消す準備)
  • 初期消火用の消火器、三角バケツ、などを事前に用意し、自己防衛に努める。
  • 地震のときに火を消すチャンスは三度あります。1、目の前に火があればその場で消す。2、揺れが収まってから消す。3、燃え上がったら消火器などで消す。天井に燃えつくまでは消火器で消すことができるといわれています。
  • 地域の消防団、自主防災組織などと連携して大火災を未然に防止するために闘うべきです。
  • 普段から、いざというときのために、風呂の残り湯は流さずにおく。
  • 火を使うところには燃えやすいものをおかないことなどが大切です。
  • 万一火が出たら、周囲に知らせることです。
車で避難しない(緊急自動車の通行を妨げないようにすること)
家のまわりの道路は大丈夫そうでも、災害時は絶対に車で避難しないでください。道路は緊急車輌のために重要です。警戒宣言が出された時などは、車の通行が道路によって規制されます。車で通行中の場合は、前述のように速やかに横道にそれて、広場や駐車場に止めます。もし車が動かなかったら目いっぱい左側に車を寄せてキーを つけたまま停車しておきます。そうしないと、もしあなたの家族が救急車を必要としていたり、近所で火災が発生しても緊急自動車が近づけないことになり、交通マヒに輪をかけることにもなります。また、車が渋滞中に周囲で火災が発生した時車に引火すると、道路は文字どおり火の川になってしまいます。車には何十リットルかずつ、ガソリンが積んであります。何年か前に、東京消防庁が夢の島で車の引火実験を行い、実証済みです。マナーは他人の為ならずです。また、車に乗っていると地震がわかりません。気がついたら道路が崩れているところへ突っ込んで死んだ人もいます。
電気、水道、ガス、電話も止まった
宮城県沖地震では、4日間断水、平常の水圧にもどるまで10日もかかりました。そして、ガスは全面復旧するのに33日もかかったのです。
 水道は市内至る所で、断水と漏水を生じました。幸い貯水設備は無事でしたが、400ミリの本管や配水管などが250カ所で破損。給水車に頼る生活が始まり、水運びは主婦たちの過酷な仕事となりました。エレベーターが停止したマンションでは、階段をあえぎながら上り降りする重労働に音をあげて、断水中はマンションから疎開する人々もいました。
 断水でまっさきに困ったのが水洗トイレ。使用不能となって人知れず苦労した人が多かったのです。その時の地震では、火災が2件しかなかったのは不幸中の幸いでしたが、もし火災が多数発生したら、断水は致命的な被害をもたらしたでしょう。
 ガスと電気が止まって、一番不自由だったのは風呂を沸かせなかったことでしょう。特にセントラルヒーティングを施した家ではガスと電気のストップは、水道が復旧してもお風呂がわかせません。銭湯に行くとそこは大変な混雑で、浴槽はイモを洗うようでした。1ヶ月間、ガスが復旧するまで毎日この状態が続きました。
 当時、仙台市内には51軒の公衆浴場があり、地震の翌日までに、被害を受けた煙突、配水管、浴槽等を徹夜で応急復旧させ、3軒を除いて開業しました。開業してみたら、マイカーやタクシーで遠方から乗りつけたり、郊外からバスを乗り継いで、もちろん近所の人々もたくさんやってきて、人、人、人で長い列ができました。まったく大変な騒ぎでした。
 そうした中で役に立ったのが、ベビー用のプラスチックのお風呂。これを日なたに出して水を温め、電熱器で沸かしたお湯を足して行水をしました。
 電気は比較的早く復旧しましたが、なぜガスの復旧にそんなに時間がかかったかというと、サンフランシスコ地震の時もそうでしたが、ガスは配管の漏れの点検を完全に行わないと二次的なガス爆発を引きおこす可能性があります。各家庭の壁の中などに埋め込まれた配管の安全性を確認するのは、一軒一軒まわって行うので大変な手間がかかりました。
 一方、プロパンガスを使用していた家は、2日後ぐらいからガスが使用でき、問題は少なかったのです。それでもガス器具を点検してからでなければ使わないようにという指導がなされました。
教訓(火を出さない工夫と、火を出したら小さいうちに消す準備)
防災訓練はガス、電気、水道を止めて行わないと、実際に役立たない訓練になってしまいます。
まる1日、または2日間でも、各家庭で停電、断水、ガスなしで暮らしてみると、本当の災害時に必要なものが浮かびあがってきます。困るのは食料・飲料水です。そのために火を使わずにそのまま使用できるもの(人数×3日分)を用意すると良いと思います。自治会などではプール、海、川の水を飲料水にする浄水器なども準備するべきです。夜間の停電対策として小型の発電機を備える必要がありますし、コンピュータにはUPSが必需品です。

公衆電話が優先(災害伝言ダイヤル171を活用せよ

宮城県沖地震、阪神大震災の時、一般家庭の電話は安否を気づかう他県の人々、知人の消息を求める人が一斉に電話をかけるので、回線がパンクしてしまいました。それでなくとも回線や中継所が破壊されます。公衆電話には長い列ができ、一部では110番119番が通話不能となり、市民をよけい不安にしました。
 電話線の断線と、各家庭の電話の受話器が地震で揺れて外れてしまうケースもあり、3,800の加入電話が壊れ、24,000回線が障害を起こしました。結局、時間帯にもよりますが、電話がふだんのように使えない状態が3日間続いたのです。
 NTTの中継所等、電話局の施設はかなり頑丈に造られていて、少しぐらいの地震でもビクともしないはずですが、さまざまな要因で過去の大地震の時、永い時間不通になりました。NTTでは、一般家庭の電話が不通になっても、公衆電話、特に黄色電話、青色電話等は優先的に通じるようにしています。まず自分の家の電話がはずれていないか確認の上、どうしても緊急連絡が必要の時は、こうした公衆電話からかけるとよいのです。大規模災害時、NTTの災害伝言ダイヤル171で家族との連絡が取れるようになっています。171を活用してください。そして、急がない時は電話をかけるのを遠慮するのがマナーでもあります。

小さい地震でも火を消す習慣を
宮城県沖地震の時、本震の3〜5分ほど前に、時計が止まらない程度の軽震がありました。その後本震が来て、「立っていられなかった」「体をすくわれてしまった」「はいつくばってしまった」となりました。震源地からの距離によって違いますが、ほとんど大地震の前に初期微動という前ぶれがあります。関東大震災では、数秒から数十秒の初期微動があり、おさまったなと思ったあとから激しい揺れが約1分間続いたといわれます。本震が始まったら、立っていって火を消すことすらできなくなってしまいます。1分間激震が続いたら、火元から周囲へ燃え移り、火はゆっくりとはいながら燃え広がっていき、戸や襖、カーテン、壁板に燃えうつると今度は一気にめらめらと燃えあがり、あっという間に天井に達します。状況によって異なりますが、普通そこまでいくのに約3分から5分といわれています。そして天井が燃え出すと、一般の人では消火は困難になります。
「地震になったら火を消せ」といわれても震度5以上の強い振動が始まってしまったら、まず身を守るので精いっぱいだろうと思います。そして本当に火災になってしまったら、早く逃げ出すしかありません。

だからこそ、どんな小さな揺れでも、まず火を消す習慣をつけるべきです。たいていの場合、地震が来ると「この地震は大きいか、小さいか」と、照明器具などの揺れを見てしばらく立ち止まり、判断しようとします。それは間違い!大きいか小さいかを考えずに火の元を絶ち、しばらくようすを見ること。そのまま、10分以上たてば安心です。消火器などの準備は万全ですか?
 よく"大地震の心得"などに、地震は1分すぎたらまず安心、などと書かれているものがありますが、関東大震災では主要動継続時間は10分間もあり、最も激しい揺れの時期、つまり最初の5、6分間は立ちあがることさえできませんでした。1分たって揺れがおさまるような場合は大した地震ではないのです。「地震になったら、落ち着いて火を消せ」といっても、大地震になったら火を消せないのだから、初期微動の時に火を消すくせをつけることが大切です。日ごろから小さな地震でも、揺れたら火を消すことです。

震度によって、人間は心理的にどのように感じ行動をするか、調査したものがあります。「非常に怖いと思った」人は震度3あたりから増え始め「絶望的になった」人は震度4.5以上から多くなります。震度6.5では100%の人が「絶望的に感じた」と答えています。中・高層ビルの中にいた人々の恐怖は震度4あたりを境に「何ともない状態」から「絶望的な状態」へと急激に変化しています九州産業大学の表俊一郎教授はこう言っています。「地震時の怖さ、驚きといったものは、地震に出合った場所によって大きく左右される性質をもっている。ビルの中にいる人々はその閉じた空間に入る瞬間において、ある種の潜在的な不安感を抱き、反面、大きな鉄筋コンクリート造りの近代的なビルなら"絶対大丈夫"といった安心感も同程度もっている。このような潜在的な不安感と安心感の同居は、震度1から3程度の揺れに対しては安心感として表われ、震度5ともなれば爆発的に不安感に変わっていく」地震における意識度については震度1から2では「何をする必要も感じなかった」という人がほとんどでした。震度3を超すと「意識的に身の安全を考えて行動を起こす」人が50%以上となり、震度4では、80%に達します。
また、震度5から6までの間では、40%の人が「全く本能的に行動したので、どんな行動をしたのか覚えていない」。震度6、5では100%の人が「無我夢中で我をわすれてしまう」のです。こうした調査でも分かるように、震度1から2では皆、何もしていません。この震度1から2の地震の時に火を消す行動を取るように周知徹底をはからないと、火災の多発につながり、大災害となる可能性があります。小さな地震が、大地震の初期微動でないという保証はないのですから。

物より命、声をかけあう
 旅館やホテルで火災が発生した時、せっかくいったん避難した人が、お金や荷物を取りに戻って煙にまかれて死亡するケースが多いのです。危険が迫った時、まず物より命です。避難させたら、その人達が物を取りに戻らないように言ってあげる人が必要です。宮城沖地震の際、地下街で地震に出合った人々が一斉に出口に殺到しそうになった時、誰かが大きな声で「あわてるな、外より地下の方が安全だ!」と叫んで、将棋倒しになりそうな人々の足をとめて、皆我にかえったように冷静になったという報告があります。突然の災害で、気が動転するのは仕方がありません。しかし、少しでも冷静になるには自分で声を出すことです。「地震だ!火を消せ!」「物よりまず命!」こうした声は自分を落ちつかせ、人を冷静にするものなのです。
津波のことは奥尻島の教訓をご覧ください

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