スマトラ沖地震津波稲むらの火台風・土砂災害・水害対策津波の知識2009山口豪雨2009佐用町水害防災システム研究所山村武彦

台風の知識
         
台風とは?
 台風とは、国際的な取り決めにより、日付変更線(東経180度)より西、東経100度より東の太平洋、南シナ海で生まれた熱帯低気圧のうち、中心付近の最大風速(10分間平均)が34ノット(17.2m/s)以上のものを台風と呼びます。
タイフーンとは?
 タイフーン(Typhoon)とは、日付変更線(東経180度)より西、東経100度より東の太平洋、南シナ海で生まれた熱帯低気圧のうち、中心付近の最大風速が64ノット(32.7m/s)以上のものをいいます。そして、34ノット以上63ノット以下をトロピカルストーム(熱帯暴風雨)としています。このように海外ではそれぞれ分けて使う場合もありますが、日本では台風、タイフーンどちらも一般的に「台風」と呼んでいます。
台風という名前のルーツ
 台風の呼び名には諸説あります。一説には台湾のほうから来る嵐を意味する中国語を、アラビア人がヨーロッパに伝えた言葉で、日本語では「大風」または「颱風」から「台風」と書かれるようになったといわれています。
 東経180度以東ではハリケーン(Hurricane)と呼びます。語源は南米インディオの「風の神」に由来という説と、昔のスペイン人たちが、とぐろを巻くという意味の「ウラカーン」と言っていた事からハリケーンと呼ばれるようになったという説があります。 東経100度より西ではサイクロン(Cyclone)と呼ばれます。サイクル(旋回)を意味するギリシャ語に由来するといわれています。いずれにしても台風、ハリケーン、サイクロンは、海水温の高い地域で海水が蒸発して生まれた熱帯低気圧が発達したもので、直径100Km〜1000Kmで反時計回り(南半球では時計回り)の巨大な雲の渦です。
台風の発生個数と上陸個数
 台風は年間平均26.2個発生しています。最多発生は昭和42年(1967年)の39個、最少は平成10年(1998年)の16個でした。そして、日本に接近(300Km以内)する台風は年間平均11個で、そのうち上陸する台風は年間平均約3個です。しかし、平成16年(2004年)のように、29個発生し、そのうち10個が上陸して各地に多くの被害をもたらせた年もあります。台風上陸というのは、本州、九州、四国、北海道の海岸線に台風が達したものをいいます。ですから、沖縄や奄美大島の海岸などに達しても上陸とは言わず通過といいます。ちなみに、過去20年間で台風上陸回数の多い地域は、1位鹿児島県、2位高知県、3位和歌山県の順となっています。
最悪の被害
 日本で最悪の被害をもたらせた台風は、昭和34年(1959年)の伊勢湾台風(台風15号)で、死者、行方不明者5,098人、負傷者38,921人、家屋の損壊833,965戸、浸水家屋363,611戸などの被害をもたらせました。太平洋とユーラシア大陸に挟まれた日本は、地勢的、気象的に繰り返し台風に襲われる位置にあります。台風の正しい知識を学び、もし台風が発生したら、気象情報に注意して事前に対策をすること、危険と思ったら早期避難が大切です。
防災システム研究所所長 山村武彦台風情報平成19年新潟県中越沖地震

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風速(秒速)と被害の目安
10m/s 樹木全体が揺れ、電線が鳴る。雨傘をさしていると、壊されることがある。
15m/s 取り付けの悪い看板が飛ぶことがある。
20m/s 身体を30度くらいに傾けないと立っていられない。風に向かっては歩きにくい。
子供は飛ばされそうになる。
25m/s 屋根瓦が飛ばされる。樹木が折れる。煙突が倒れる。
30m/s 雨戸がたわんで、敷居から外れ吹き抜かれる。屋根が飛ばされることがある。
しっかりしていない家が倒れる。電柱が倒れることがある。
35m/s 列車の客車が倒れることがある
40m/s 身体を45度に傾けないと倒れる。小石が飛ぶ。
50m/s たいていの木造家屋が倒れる。樹木は根こそぎになる
60m/s 鉄塔が曲がることがある。
台風の強さは中心付近の主に最大風速で表します(アメリカはハリケーンをカテゴリー1〜5の5段階)
強い台風 風速33m/s(64ノット)以上〜44m/s(85ノット)未満
非常に強い台風 風速44m/s(85ノット)以上〜54m/s(105ノット)未満
猛烈な台風 風速54m/s(105ノット)以上
台風の規模(大きさ)は、暴風域の広さで表します
大型の台風
(大きい台風)
風速15m/s以上の暴風域が半径500Km〜800Km未満
超大型の台風
(非常に大きい台風)
風速15m/s以上の暴風域が半径800Km以上

日本列島と台風の大きさの比較
降水量の目安
        
時間あたりの降雨量 実際の状況
5mm〜10mm/h すぐに水溜りができ、雨音がよく聞こえる
10mm〜20mm/h 雨音で話が聞こえないことがある、長雨の場合災害の警戒が必要
20mm〜30mm/h 下水があふれ、小河川が氾濫することがある。がけ崩れの危険性
30mm/h以上 バケツをひっくり返したような豪雨、危険箇所は避難準備危険と思ったら自主避難
大雨警報と大雨注意報 気象庁が発する予報の目安
大雨注意報 大雨によって災害が起こるおそれがあると予想される場合で、具体的に次のいずれかになると予想される場合。
3時間雨量が40 o以上、1時間雨量が20oを超える場合で総雨量が50oになると予想される場合
24時間雨量が平地で70o以上、山地で100o以上になると予想される場合。
大雨警報 大雨によって重大な災害が起こるおそれがあると予想される場合で、具体的に次のいずれかになると予想される場合。
1時間に40mm以上になると予想される場合で、総雨量が100o以上になると予想される場合。
3時間に70mm以上になると予想される場合。
24時間24時間雨量が平地で150o以上、山地で200o以上になると予想される場合。
洪水注意報 洪水によって災害が起こるおそれがあると予想される場合で、具体的に次のいずれかになると予想される場合。
1時間雨量が30o以上になると予想される場合。
3時間雨量が50o以上になると予想される場合。
24時間雨量が100o以上になると予想される場合。
洪水警報 洪水によって重大な災害が起こるおそれがあると予想される場合で、具体的には次のいずれかの条件に該当する場合。
1時間雨量が40o以上になると予想される場合、ただし総雨量が100o以上になると予想される場合。
3時間雨量が70o以上になると予想される場合。
24時間雨量が平地で150o以上、山地で200o以上になると予想される場合。
台風はなぜ7月から9月になると日本に多く上陸するのか(一般的な台風進路)
 台風は上空の風(気流)によって動きます。太平洋洋上で生まれた台風は、偏東風に乗ってゆっくり西に向かいます。そして、北緯20度前後、東経130度前後に達すると、今度は偏西風に乗り換えてスピードを上げ北へ向きを変えます(地球の自転も影響)。7月から9月になると、太平洋側には大きな高気圧が張り出してきます。その太平洋高気圧のふちを沿うように、沖縄から九州を経て北又は北北東に進みます(その時の気圧配置や高気圧の張り出し具合によってはそのまま、中国、朝鮮半島、日本海に抜ける場合もあります)
 台風は北上すると勢力が衰えるのが普通ですが、その時の気象条件や気圧配置によっては、勢力を保ったまま北上します。それらは気象衛星ひまわりなどによって監視されています。
 一般的に台風は北上すると、海水温度や気温の関係で徐々にに勢力が衰え(気圧が上がり)、オホーツク海か北海道沖太平洋上に抜け温帯低気圧に変わり、台風の一生を終わります。台風のスピードは平均時速10〜30Km/hですが、洞爺丸台風のように時速110km/hの猛スピードで駆け抜けた台風もあります。特に台風の進行方向右側(東側)の風雨が強くなりますし、台風が通り過ぎた後も吹き返しの強い風に見舞われることがあります。気象情報に充分な注意が必要です。下図は台風10号、2003年8月7日17時、JWAの台風情報です。
台風の名前
 台風の名前は1945年(昭和20年)までは、上陸した場所の地名で室戸台風とか枕崎台風などと呼んでいました。太平洋戦争後は米軍の管理下に入り米軍気象観測センターが台風の命名をするようになり、アルファベット順にアイオン、ジェーン、キャサリンなどと女性の名前をつけました。その後サンフランシスコ平和条約後は気象庁が名前を付けることになり、西暦の下二桁とその年に発生した順番を台風の名前としました。
 しかし、被害の大きな台風はそれとは別に被害の甚大な場所の名前でも呼んでいます。例えば伊勢湾台風は1959年の15番目の台風なので、下二桁の59と15で正式には台風5915号ですが、一般的には台風15号と呼ばれます。しかし、その時は伊勢湾周辺に多大の被害をもたらせたため伊勢湾台風とも呼ばれるようになりました。
過去の主な台風と被害
 室戸台風  昭和9年(1934年)9月20日午前5時、室戸岬から上陸した台風は、徳島、淡路島、神戸を経て、京都、福井、石川、富山、各府県を経由して正午過ぎに新潟の海上へ抜けるまでに世界気象観測始まって以来最低の911.9mbを記録した。この記録は同緯度における最低気圧として未だに破られていない。
 被害は全国にわたり、死者・行方不明者3,036人、負傷者14,994人、倒壊家屋92,740戸、浸水家屋401,157戸、船舶損壊27,594隻。政府はこの災害を教訓として注意報警報を発表するようになった。
 枕崎台風  昭和20年(1945年)9月17日午後鹿児島県枕崎附近に上陸した台風は最低気圧916.6mbを記録した。大分から広島を通過して山陰沖を抜け、能登半島をかすめて再度上陸し酒田付近から太平洋に去った。
 広島は8月6日に原爆を投下され、多くの犠牲者を出した直後に追い討ちをかけるように猛烈な台風に襲われ大惨事となった。死者行方不明者3,756人、家屋の損壊89,839戸、浸水家屋273,888戸。
 キャサリン台風  昭和22年(1947年)9月8日、マリアナ諸島海上に発生し北上、紀伊半島沖から関東地方すれすれに房総半島をかすめ三陸沖へ抜けた。最低気圧986mbと弱いものであったが、活発な秋雨前線のため、その前から豪雨が続いているところへ更に300〜500mmの豪雨を伴い、各所で洪水をもたらした。
 死者行方不明者1,930人、家屋倒壊9,298戸、浸水家屋384,743戸、罹災者1,642,571人。米軍占領下で始めての大型台風で、この台風から昭和28年の平和条約まで、アイオン、デラ、ジュディス、キティ、ジェーン、キジア、ルース、ダイアナ等のアメリカ婦人の名前が付けられた。平和条約後は1号、2号という発生順に番号で呼ばれるようになった。
 洞爺丸台風  昭和29年(1954年)9月26日、鹿児島県に上陸した台風15号は最初は弱い台風だったが、猛烈なスピード(時速約80〜100Km)で中国地方から日本海に入り26日夜半北海道西方海上まで到達したときは956mb、暴風雨半径300km以上の「強い大型台風」に成長していた。青函連絡船「洞爺丸」(3,898t)は26日午後2時40分函館港を出港予定だったが、天候悪化で出港を見合わせていた。しかし、各方面の気象情報を収集した結果、夕方には航行可能と船長が判断し午後6時39分、乗員111人、乗客1,204人ほか22人の計1,337人を乗船させて青森港を目指して出港した。
 後の調査によると当時函館港は台風の目の中にいたものと推測された。出港直後風速約30mの暴風雨に見舞われ、午後7時1分に航行危険と見て投錨し仮泊して事態を見守ることとした。しかし船体の動揺は30度以上となり、開口部からは海水が浸水、午後9時過ぎ左右のエンジン停止、完全に操船の自由を失い七重浜沖1,290mのところで「航行不能のため座礁します」と船内放送し乗客に救命胴衣を着用をさせた。午後10時41分ころ国鉄函館桟橋長あてに「本線500kcでSOS、よろしく」という通信を残し連絡を絶った。
 救助されたのはわずかに198人で残り1,139人は死者行方不明者となってしまった。洞爺丸が出港した後の午後8時15分頃岩内町木造2階建てアパートから出火、風速40mの強風にあおられたちまち燃え広がり町の80%を焼失する大火となった。死者33人焼失家屋3,299戸。このほか同じ日に富山県黒部市においても115戸が焼失する大火が発生していた。
 狩野川台風  昭和33年(1958年)9月15日〜18日に台風21号が襲来、近畿以北に大きな被害をもたらせた。その一週間後の9月26日〜28日に台風22号が襲来、伊豆半島から関東地方を直撃した。21号は東日本一帯に200mm以上で多いところでは300mm以上の豪雨を降らせ、広範囲に水害を発生させたところへ22号が更に豪雨を降らせた。
 特に伊豆半島狩野川流域での被害が甚大であったため、台風22号を「狩野川台風」と命名された。中心気圧877mb、最大風速75m/s戦後最低の気圧として記録された。
 関東南岸の停滞前線を刺激し、伊豆半島湯ヶ島で24時間の雨量は694mmを記録。狩野川、伊東大川の氾濫で伊豆温泉郷に大水害をもたらせた。死者行方不明1,269人、家屋倒壊16,743人、浸水家屋521,715人、耕地被害89,236ha、船舶被害260隻。
 伊勢湾台風  昭和34年(1959年)は、台風が数多く襲来した年である。7月13日〜14日にかけて梅雨前線に台風5号が加わり、中部以西で死者行方不明者60人を出す災害が発生。8月13日〜14日には台風7号が襲来、駿河湾から富士川付近に上陸して日本海に抜けた。この台風は各地に豪雨をもたらし、近畿、甲信越、東北にかけて水害が発生、死者行方不明者235人を出した。9月に入って15日〜18日に台風14号の宮古島台風が襲来、関東地方を除き全国で死者行方不明者99人を出した。韓国南部ではこの台風で312人の死者行方不明者を出す大災害となった。
 その11日後、9月26日、台風15号が潮岬付近に上陸し、伊勢湾沿岸に気象観測史上最大の台風災害が発生した。死者行方不明者は5,098人という空前の大惨事となった。このためもっとも激甚な災害場所の名前を取り、「伊勢湾台風」と命名された。9月21日マリアナ群島付近で発生した弱い熱帯低気圧が、急速に発達して22日午前9時には台風15号となった。硫黄島から日本本土に向かうにつれ更に発達して中心気圧は894mb、最大風速75m/sbの超大型台風に成長。26日午後6時13分潮岬の西側15Kmに上陸、この頃暴風雨圏はさらに拡大し半径300Kmに達した、紀伊半島、四国東部、及び東海地方一帯は風速30m/sを記録した。その後、奈良、和歌山、鈴鹿峠を経て、午後10時に揖斐川上流に達した。この時、名古屋市の風速は南南東37m/s、時間雨量は40〜70mmの激しい豪雨に見舞われた。河川は一気に水かさを増し、これに高潮が加わり、河口付近で至る所で堤防が決壊、大災害へと発展して行った。伊勢湾台風の特徴
@、発生から上陸まで6日間と異常に早く、中心気圧895.4mbと猛スピードで発達した。
A、暴風雨圏が広く(直径700Km)超大型の台風であった。
B、停滞前線の影響もあり、豪雨をもたらせた。
C、上陸後も衰えることが少なく、風による被害をもたらせた。
D、最大暴風雨域が伊勢湾に集中し、最大風速の風向きが南東という伊勢湾にとって最悪のものであった。
 犠牲者の70%が高潮によるものであった。高潮は、まず伊勢湾口の鳥羽付近に襲来、名古屋港では平常潮位を3.45m超え、堤防基準からみると5.31mに達した。海岸堤防4.8mをはるかに超えた。これに波浪を加えると波の高さは10mに及んだ。海岸堤防の決壊が128箇所、14Km、河川堤防の決壊125箇所、21Kmに達した。名古屋市南区、港区をはじめ、愛知県飛島町、弥富町、三重県桑名市、長島町などが荒れ狂う濁流に呑まれ、数千人が家もろとも押し流された。
 死者、行方不明者5,098人、負傷者38,921人、家屋の損壊833,965戸、浸水家屋363,611戸、耕地損害210,659ha、船舶被害7,576隻。伊勢湾台風の教訓を生かして、国は治山治水10ヵ年計画を閣議決定し、わが国における本格的長期治山治水事業化が発足する歴史的な転機となり、更に「災害対策基本法」の公布がなされる契機となった。また、科学技術庁に防災科学技術センターの設置、気象庁に気象研究慮台風研究部などが設置されるようになった。

暖かい海水(水蒸気)をエネルギーとして上昇気流が生まれ反時計回りの雲の渦ができます。
強い渦ができると中心の気圧は下がり下降気流が発生しその渦の中心を台風の目といいます

ハリケーン「カトリーナ」(2005年8月)
台風・水害・土砂災害対策命の笛ヘクトパスカル稲むらの火防災講演中越地震津波の知識